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日蓮一人、阿弥陀仏は無間の業、禅宗は天魔の所為、真言は亡国の悪法、律宗持斎等は国賊なりと申す。(秋元御書)
念仏は無間地獄の業である
念仏宗を信仰すると三世に渡って無間地獄に堕ちるという事。それは、どういうことでしょうか?
念仏宗と云っても法然の浄土宗、親鸞の浄土真宗、良忍の融通念仏、円心の念仏など、種々あるが、総じてインド応誕の釈尊の一代50年の説教の内の中級の教えである権大乗教に位置する念仏の心から出典している。釈尊が念仏の心を教えたその意味は、世の中の森羅万象をそのまま素直に受けとる心を示したかったからである。生命総念の中の一部として念仏の心を教えたのであって「念仏を持って立宗しなさい」等とは決して云っていない。釈尊の真意は、涅槃前の8年間に説教した【法華経】であり、その中に念仏の心も入っているのである。
法華経(太陽)が出れば念仏経(星)は隠れるのが道理である。釈尊は30歳成道以来、42年間に小乗教、権大乗教、大乗経を説いて衆生の法華知解の機根を調えた後の無量義経で「無量義は一法生ず」と言い「42年未見真実」とも言って42年間の誘引の教えは真実ではないとして8年間法華経を説いてから涅槃(仏の死)した。涅槃経の中でも法華経を讃嘆している。
中国で念仏宗を開基したのは曇鸞(西暦476〜542)である。曇鸞は北インドの菩提留支三蔵に会って「観無量寿経」を受け、阿弥陀の絶対他力によって死して浄土往生ができると説いた。祖師釈尊の遺誡に背き謗法の一宗を立てて民衆を枉惑したのである。道綽(西暦562〜645)は涅槃経から曇鸞念仏に帰した。善導(西暦613〜681)は道綽念仏を受け唱名念仏を勧めたが、仏罰によって発狂し柳の木で自殺をはかり二七の14日間もがき苦しんで死んだ。これは有名な話であり純粋念仏の信者には自殺者が多いのである。では、なぜ法然(西暦1133〜1212)の専修念仏、親鸞(西暦1173〜1262)の謝恩念仏、良忍等の日本の念仏の教祖に自殺者が出ないかというと彼等が純粋念仏者ではないからである。法然、親鸞、良忍等が修学•得度したのは天台法華の比叡山延暦寺であり、法華•真言密教•禅なども学んでいるからなのである。純粋念仏者は他力本願であり行き詰まると善導のように自殺する。
彼等は、たとえば富士山の法華経を極められず、下山して低い鷹取山の念仏の火口に堕ちてしまったような退転僧たちである。天台の法華の意を盗み取って自宗に入れた彼等の唱えた念仏の邪智は、だから巧妙であり、念仏宗を信仰すれば天台法華宗も日蓮法華宗も要らないと思わしめて民衆を枉惑しているのである。彼等の邪人による邪義は釈尊の教えにも背いている。そして天台、伝教、日蓮と続く法華経による一切衆生成仏の道を塞ぐ邪見である。この世から法華経が無くなれば、正しい生命因果の法則も失せ衆生皆成仏道の道が閉ざされるのである。
曇鸞念仏が観念的で他力本願の宗旨であると述べた。阿弥陀仏も西方極楽浄土も実体の無い架空の観念である。観念の阿弥陀仏へ向かって「南無阿弥陀仏」と唱題すれば、架空の極楽浄土へ行って成仏できると説いている教えである。念仏の信者はこの世は穢土と諦め諸願は立てず「南無阿弥陀仏」とだけ唱えれば、死んだら西方極楽浄土へ往生するとして、何もかも運任せ天任せの他力に支配される人格形成が成される。筆者が過去、親鸞念仏の家庭に生まれて得た体験によれば、念仏の信者は目上の人や権力者或は他人に使われて云われるままになりやすい。自己主張することが苦手である。
昔、武士が「念仏でも唱えていろ」と言って、無抵抗な念仏の農民の首をスパッと切り落とした。江戸時代までは農民のほとんどが念仏宗であった。それは天皇•幕府•殿様などの支配階級のお上にとっては好都合な宗教だった。つまり、農民に夢も希望も与えないで、唯ひたすらに言いなりになって生きる事を教えた念仏宗が最大に利用できたのである。
翻って東日本大震災の状況を見てみよう。素朴な東北の人々の心は念仏心が多くある。2011年6月に世界文化遺産に登録された平泉町の中尊寺は藤原清衡を開祖とするが開山は慈覚とされる。慈覚は天台法華宗の三祖であるが真言密教に落ちて仏教を濁乱させた張本人である。伝教大師が桓武天皇の臨席で南都六宗の邪義を打ち破り、日本津々浦々まで法華経となって、平安文化が絢爛と開いた。二祖義真は比叡山延暦寺に円頓の戒壇を建立し、諸国津々浦々の寺院は延暦寺を僧の修行の場となった。ところが、三祖慈覚、四祖智証等が真言密教に堕して以後落ち行くほどに念仏になってしまったのである。現在の中尊寺の本尊は念仏の【阿弥陀如来】である。
東京電力福島第一発電所の原発事故は福島はおろか日本、世界に猛毒の放射能をまき散らし、未だに終息のメドも立たない。今後徐々に進む発ガンの健康被害は想像を絶する。それも東北の念仏心の民衆が、悪徳利権を推進する政府自民党(中曽根時代よりの)或は東京電力等のお上の言いなりに成ってきた結果である。日本国民の生命よりも自社の利益を優先している東京電力、それを止められない民主党に民衆はもっと意見しなければならない。地球上の生命を殺して金儲けをしようとする邪人悪人を厳しく罰しなければならない。そのためには念仏宗の邪義を、念仏心を抹殺しなければならないのである。
禅宗は天魔の業である
禅宗を信仰すると天魔となる。どうしてかというと、禅が極めて自分勝手な自力本願の宗教だからである。禅の教義では、愚痴の凡夫の生命のままの己心を仏としてしまう【見性成仏】。そして、親である釈迦仏の経文も道理もすべて捨て去ってしまう。それは、釈迦仏が、花をひねって微笑んだ【拈華微笑】とき、摩訶迦葉が【禅】の義を受けたという見性成仏から来ている。摩訶迦葉は事前に、釈迦仏から一切経を得ているから、拈華微笑の一事で悟れたのである。それを、後世の仏道修行者が、拈華微笑の一事を学んで見性成仏の己義をかまえたのである。摩訶迦葉が、一切経を学んでも今ひとつ悟れなかったのを、拈華微笑をみて即座に悟ったのに対して、達磨(ダルマ)を始祖とする後世の禅宗の者たちは、拈華微笑の見性成仏があれば、釈迦仏の経文も道理も要らないと捨ててしまうのである。これを親殺しの天魔の業といわず何と言おうか。その故に、禅宗の信者は、命律に裁かれて不慮の事故死をするのである。
事例としては、43歳の若さで日本航空機墜落事故に遭遇して死亡した歌手の坂本九である。彼は代々曹洞宗(禅宗)の家に生まれている。昭和18年に起きた常磐線の列車衝突事故で多数の犠牲者を出した車両に、疎開先の笠間へと向う九と母親は乗り合わせていた。だが、事故の直前に他の車両に移ったため、危うく遭難を逃れた。大人に成った九はこの一件を聞かされて知ると「笠間稲荷神社の神が自分を救ってくれた」と信じて、終生信仰していたらしい。由紀子夫人ともこの笠間稲荷神社で結婚式をあげている。また、飛行機事故後の遺体確認でも、笠間稲荷のペンダントが身元を特定する決め手となった。墓地は東京都港区の曹洞宗長谷寺(禅宗)である。
禅宗では【不立文字】として一切の経典を捨てさせる。しかし、問答するとき経典を引用する。これは【自語相違】の矛盾である。釈迦仏法からの教外別伝と称して【以心伝心】の方便を使う。【一切経を月を指す指】とし【月】を観たら一切経は要らないという。【天魔】の立てた勝手な教義である。
禅は、釈迦仏が「42年未見真実」といって捨てさせた【方便権教】の中の仏教である。方便を捨てさせた後、無量義は一法より生ずとして、法華経を説いた釈迦仏の本義に背いた謗法の教えである。インドの末弟•菩提達磨が中国でひろめたのが【禅宗】の始まりだが、日本には鎌倉時代に伝わった。中国には臨済宗•潙仰宗•雲門宗•曹洞宗•法眼宗、日本には臨済宗•曹洞宗•普化宗•黄檗宗などがある。
江戸時代までは武士のほとんどが禅宗で、それは天皇•幕府•殿様などの、お上にとっては、まことに好都合な宗教だった。つまり、武士たちをお金で雇って家来にすれば、天魔のごとく道理を無視して殺人をして働いてくれる。そんな武士達を利用したのである。
真言は亡国の
真言宗は国を亡ぼす教えである。それは、一言で言えば嘘つき宗教だからだ。真言は、大日経の密教による、真実の言葉という意味である。また、古代インドから呪文として用いられていた。真言を唱えると願いが仏に届くとされている。心で仏を念じ、手で印を結び、三返から七返 声で唱えると、これが三密(密教)である。密教というのは、秘密仏教のことで「秘密の教え」だとする。これを釈迦仏教の大乗•小乗に対して金剛乗•真言乗と言う。 一般に大乗仏教が民衆へ広く教義を説くので顕教といい、密教は神秘的に象徴的に教義を内部の師弟によって伝承するので密教と呼ぶ。「秘密の教え」というのは、言葉で表現できない仏の悟りを伝えるもので、凡夫の理解を超える義だと言う。
インド密教が中国の密教となり日本の密教となったわけだが、この密教を初めて日本に紹介したのは、唐遊学から帰国した最澄(伝教大師)によるものである。当時の王侯貴族は、最澄が本義とした天台仏教より、現世利益も重視する密教、又は来世での極楽浄土へ往生できるとする浄土念仏への関心が高かった。しかし、天台仏教が中心であった最澄は密教を根本的に身につけてはいなかった。
密教を真言宗として日本に開いたのは空海(弘法)である。彼は唐(中国)の長安の青龍寺で恵果から密教を学んだ。天台仏教の法華•密教•戒律•禅などを総学する伝教大師(最澄)に対し、空海(弘法)は第一真言、第二華厳、第三法華と嘘の自義を立てた。この法華宗を第三の劣と下したことは、本師釈迦仏の正義に背く謗法である。釈迦仏は「42年未見真実」として方便権教(念仏•真言•禅•律•その他)を捨てさせてた上で、無量義は一法より生ず(無量義経)といい、法華経の一法を説いている。
また、空海は、法華経の顕教と比して、真言密教が勝れているとし、顕教の思想・経典も真言密教に摂包されているとの嘘を説いた。その嘘の基盤は、唐の時代、天台法華宗から盗んで自宗に取り込んだ【一念三千】の哲理である。それは、唐代、禅や天台法華仏教を学んでいた一行禅師が、後に長安で善無畏三蔵の密教に入門して、天台法華の一念三千の法門を盗み入れて、善無畏の口述とともに【大日経疏】を完成させたものである。
平安時代、桓武天皇の臨席で、南都六宗の碩徳が法論し、最澄(天台法華宗開祖•伝教)が法華で他宗を打ち負かしてより、日本全国が法華一乗となり、平安文化が栄えた。二代義真のとき、比叡山延暦寺が根本道場となって建立された。三代円仁(慈覚)は、留学入唐し、天台山の法華をめざしたが旅行許可が下りず、意に反して密教の灌頂を受け金剛界曼荼羅を持して帰国し、真言密教の邪義を入れてしまったのである。四代智証以降も真言密教となった。これを天台密教(台密)という。真言密教を「東密」というのは東寺を基盤としたからである。
伝教、義真の法華一乗で栄えた平安文化も、慈覚、智証の真言一乗になってから急速に衰え戦国時代に突入する。戦国時代の王侯貴族が敵を倒さんとして加持祈祷したのが真言宗であった。敵を倒す祈りは亡国の教えである。
律宗は国賊の妄説である
律宗を信仰する者はやがて国賊となる。それは、内法を外法で縛るからだ。内法とは自主自律の生命の法則(命法)のことである。外法とは戒律(いましめの規則•法律)のことである。己の生命を、がんじがらめに戒法で律したあげく、国主に取り入って、国法によって命法を取り締まるのである。特に真言律は、主におもねる命が強く作用する。国賊である。
律宗の叡尊は国家と結びついて戒壇によらない自誓受戒を行い真言宗の「十誦律」を取り入れた真言律宗を開いた。叡尊に弟子入りした忍性良観は鎌倉幕府に取り入り、授戒を行い250戒をたもって仏のように振舞っていた。日蓮聖人と祈雨(祈りで雨を降らせる)比べの対決で敗れた。それを笑われたのを恨み日蓮を殺すようにと幕府に讒言した。これに依って聖人は竜の口の法難にあったのである。
律とは、出家修行僧が守らねばならない規則のことである。様々な律蔵が唐から伝わったが、我が国では四分律が用いられる。釈迦仏教の僧団ができたとき、団結を維持するのに規則が必要で「何々してはならない」という禁止事項が定められた。滅後は、迦葉らの弟子たちが結集して、持律第一の優波離を中心として律蔵の編集が行われた。その後、僧の中で経•律•論を修得した者を三蔵と呼んだ。
律宗では戒壇堂を設置し受戒の儀式を行い「四分律」や「十誦律」などの規律を保たせる。すなわち修行者の生活規律として、五戒(注1)•十戒•二百五十戒などの戒律を持つのである。良観は250戒を持っていたというが、日蓮聖人の死罪を讒言したことで、すでに自ら定めた戒律例の8を破っている。
良観が決めた戒律の一例、
- 力の及ぶ限り仏法僧興隆をはかる。
- 勤行や談義への参加に励む。
- 外出時には三衣一鉢を所持する。
- 病気の時以外は馬・輿に乗らない。
- 特定の檀家からの祈祷依頼は受けない。
- 孤独・貧乏な人、乞食、いざり、捨てられた牛馬に憐れみをかける。
- 道路や橋をかけ、井戸を掘り、薬草や樹木を植える。
- 自分に恨みを抱き、誹謗する人をも救済する。
- 間食をせず、手間隙をかけた食事もとらない。
- 功徳はすべて他人に施す。
注1 五戒=不殺生戒(生き物を殺してはいけない)、不偸盗戒(他人のものを盗んではいけない)、不邪淫戒(自分の妻(または夫)以外と交わってはいけない)、不妄語戒(嘘をついてはいけない)、不飲酒戒( 酒を飲んではいけない)という5つの戒律のこと。
守れもしない戒律を設け、民衆救済事業で人心や国主にとりいり偽仏のふるまいで国政を誤らせる。律宗は国賊の妄説なりと日蓮聖人は喝破している。
律宗は、釈迦仏が「42年未見真実」といった方便権教(念仏•真言•禅•律など)の中の教えである。方便権教をもって法華一乗の機を破る、本師の指導に背いた謗法の教えである。
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