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正木日療 日蓮仏法の要諦は三大秘法の確立である。本門の、本尊と戒壇と題目の三つを一つにする事である。昭和33年から平成3年までの日蓮正宗創価学会は、三大秘法が曲がりなりにも一応そろっていた。保田妙本寺(日蓮正宗)に本門の本尊が、日蓮正宗大石寺(宗門)には本門の戒壇が、創価学会に本門の題目があった。それなのに日蓮正宗と創価学会は核分裂反応のように分裂した。平成3年11月28日、 67世阿部日顕(宗門の核)は、法華講総講頭であった池田大作(創価学会の核)を罷免した。そして分裂した。それは譬えれば、正本堂という原子炉の中で、日顕核子(過去の禅宗の命を引きずる)と池田核子(過去の真言の命をを引きずる)という異なった核子が、一閻浮提総与大御本尊(結び付ける働きをする)という中性子を補りこむ(吸収する)ことによって、2個、3個(宗門•学会•妙本寺)に分裂した事である。放出された中性子が、次の核分裂を呼び、連鎖反応が続いている。核爆発による放射能が、日本、世界に飛び散った。放射線による離婚症•親子分離症•脳症(頭破七分)•癌症(狂った細胞)等の病気が蔓延している。
なぜ核分裂反応が起きたのか、それは、一閻浮提(いちえんぶだい)総与大御本尊が間違っているからである。一閻浮提とは全世界という意味である。全世界の総ての人々に与える大御本尊とは何なのだ。世界に宗教を広めるには、教機時国を知らねば成らない。国によって広まる教、機根、説く時、説くべき国が分かれている。国には寒国、熱国、貧国、富国、中国、辺国、大国、小国、偸盗国、殺生国、不孝国の別がある。また、小乗の国、大乗の国、大小兼学の国もある。日本は大乗の法華有縁の国である。教機時国を無視して、言語•宗教の異なる人種•民族の人々を大御本尊で結び付ける事はできない。まして外道の、キリスト教国や共産主義国などの、法華無縁の国の人々に安易に説教してはならない。異なる思想•宗教の人間を、安易に仲間にして、大同団結をしようとすることは禁忌などである。大石寺では、この全世界総与大御本尊を、事跡も相伝もないのに、無理矢理本門戒壇大御本尊と決めつけて、聖人年表に「弘安2年10月12日 本門戒壇を造立す」と載せている。そんなものは後からいくらでも付け加えられるものだ。全世界総与大御本尊は、偽物という理証があり、本物という事跡も相伝もない。
日顕は、宗門の法主といえども、宿命転換(身命に及ぶ大難を受けつつ邪教と戦う)の実践がなく、家代々の禅宗の命を引きずっている。池田は、創価学会名誉会長といえども、宿命転換(身命に及ぶ大難を受けつつ邪教と戦う)の実践がなく、家代々の真言宗の命を引きずっている。この相反する命に、全世界総与大御本尊(全世界を指導できる原理)の命が吸収されたために、「俺の方が上」という指導原理が作用して核爆発を起こさしめたのである。その連鎖反応で、三毒(貪り•怒り•愚か)が盛んな凡夫の身でありながら、全世界総与大御本尊を命にそめて、「自分こそ世界の指導者」と勘違いして、分派活動する者たちが後を絶たない。まず「横に水平な広宣流布ありき」ではないのである。
日蓮仏法の本義は真逆なのである。まず「縦に垂直な成仏ありき」なのだ。自身が宿命転換せずして、他人を宿命転換させようとしてもダメなのである。自己の成仏こそ一切衆生の成仏を可能にする。これが、大乗仏教の法華経である。一人の人間における成仏は一切衆生の万年の成仏となる。そのための万年久護大御本尊なのである。日蓮仏の宿命転換の戦いを手本として自身の宿命転換をはかる事である。だから、像も、塔も、寺も、会館も要らない。裸一貫の命一つで十分だ。世上の主も師も親も要らない。日蓮仏こそ真実の主師親なのである。胸間に立てた本門の本尊と戒壇と題目が、日療の三大秘法である。
日蓮聖人は、封建時代の鎌倉で、草庵(わらぶき屋根の小さな家)に住み、たった一人で時の権力者であった執政北条一族、平佐衛門尉頼綱(軍事長官)、良観(律宗)及び邪宗の僧たち、邪教に染まった6百万人(鎌倉時代の推定人口)の民衆、に向かって大折伏戦を展開した。「和党ども二陣三陣と続き給え」との、孤軍奮闘であった。ところが、戸田城聖、池田大作、阿部日顕及び大石寺歴代法主たち、鎌倉日誠及び保田妙本寺歴代法主たちは、どうだったであろうか。孤軍奮闘ではなく、組織を利用し、信徒の折伏に依存しては、いなかったであろうか。組織ではなく、一人で闘うのが正しいのである。
大折伏戦の結果、聖人の身には三障四魔が憤然と競い起った。これを喜んで宿命転換の機会と捉え、負けずに正義をつらぬく。【小松原の法難】【伊豆の流罪】【竜の口の法難】【佐渡の流罪】等々の命に及ぶ大難。聖人は、その相次ぐ大難にも身軽法重の法華経の行者としてとおり、一生成仏されたのである。その孤軍奮闘の聖人の振舞に、二陣三陣と続いたのが日興上人と日目上人であった。
本門の本尊を決める
「諸宗は本尊に迷えり」とは蓮祖聖人の言葉である。時に末法も790年を経て今正しく本尊雑乱の極みである。いたずらに南無妙法蓮華経を唱えても本尊が決まっていなければ成仏できない。自分を本尊と立てても過去謗法の因習は三毒(貪・瞋・癡)熾盛の業体である。いかんともできない。ならばと人師をさがしても適当な人師はいない。古刹名刹に訪ねても人師本尊あるのみ。ここに日療一計を作みし保田妙本寺に眠る万年久護本尊を本門寺の本尊と定める。
日蓮大聖人年表(日蓮大聖人御書大石寺版)によると、
文永11年12月本尊を顕す【万年救護本尊】とあり、
また、弘安2年(1279年)11月に、「日興に文永11年(1274年)12月の本尊(万年救護本尊)を賜う。」と、万年久護本尊については、蓮祖から日興上人への相伝が明らかに記されている。ところが、一閻浮提総与大御本尊(これを大石寺では本門戒壇の大御本尊という)については、記述も相伝も、九世日有上人の代まで全く無い。
日興跡条々事 元弘2年(1332年)11月10日に、
「 日興が身に宛て給わる所の弘安2年(1279年)の大御本尊は、日目に之を相伝す。本門寺に懸け奉るべし。」とある。この文書では、本門戒壇の本尊が、万年救護本尊を指すのか一閻浮提総与大御本尊(実在したとしても)指すのか分からない。
尚、日蓮大聖人年表(日蓮大聖人御書大石寺版)には、弘安2年(1279年)10月12日に「本門戒壇の大御本尊を造立す」との記載がある。【本門戒壇の大御本尊】とは、後からとって付けたような名前ではないか。しかも対告衆が「弥四郎国重」とあるが、どこの誰であろうか?この一閻浮提総与大御本尊は、日蓮聖人以後、日有上人まで相伝がまったくないのである。それでは、偽物と判ずる以外にないのではあるまいか? しかも、一閻浮提総与大御本尊(本門戒壇の大御本尊)が本物であったら、日蓮正宗創価学会(保田妙本寺含む)が分裂したのおかしい。本物だったら分裂するはずがない。偽物を拝んだ罰の現証ではなかろうか(鎌倉日櫻師も云っていた)。
その上、日蓮聖人御自筆である万年救護御本尊には御讃文がある。
大覚世尊後入滅後経歴二千二百二十余年唯示月漢日三ヶ国之間未有此大本尊或知不弘之或不知之我慈父以佛智隠留之為末代残之後五百歳之時上行菩薩出現於世始弘宣之
これは日蓮聖人の御内証を顕されたものである。この唯一無二の御讃文には御自身の本地を釈尊予言の上行菩薩の再誕と示された本因妙と、本国土妙の天照大神と八幡大菩薩を脇侍とされた本果妙が示されている。
尚、御讃文の中で【この大本尊】と記されているのは万年救護御本尊の一例のみである。他は【大漫茶羅】もしくは【大曼陀羅】となっている。
【大漫茶羅】•【大曼陀羅】とは、訳せば「大生命図示」の意味である。それに対して【大本尊】とは、一切衆生(大)が根本尊敬(本尊)すべきものという意味で日蓮聖人の出世の本懐をお示しである。
保田妙本寺については【保田妙本寺ページ】に詳説した。
本門の戒壇を定める
広宣流布がすすみ時が来れば一切衆生が万年救護御本尊を拝見するようになろう。そうすればそれなりの伽藍と立地条件を満たした寺院が必要となる。その立地条件と伽藍の規模を備えられるのは富士山の南面で広大な敷地を有する大石寺となるに違いない。大石寺は本門の戒壇堂の立つ所と定める。富士山麓の大石寺については【日蓮正宗大石寺ページ】に詳説した。
本門の題目を唱える
昭和5年から18年までの日蓮正宗創価教育学会の活動は正しかった。市井の民家の中に日蓮仏法の灯を点し貧乏病気に苦しむ民衆を救った折伏行為は賞賛に値する。
「行解既に勤めぬれば三障四魔紛然として競い起こる(種種御振舞御書)」とあるように、法華経を広めた為に法難があった。すなわち、1943年5月、神社神道を批判したことで機関誌『新教』が廃刊となる。また、伊豆での座談会開催直後の1943年7月6日、政府による日蓮宗と日蓮正宗との合同強制の拒否と伊勢神宮の神札を祭ることを拒否したために、治安維持法違反並びに不敬罪の容疑で戸田ほか21名の幹部と共に逮捕され、下田警察署に連行される。
牧口は獄中においても転向を拒否し、1944年11月18日、東京拘置所内の病監で栄養失調と老衰のため死去した。
牧口常三郎と戸田城聖の初期の頃の信心は正しかった。その信行学にわたる題目は後世の明鏡である。この昭和20年頃までの創価教育学会の題目を唱える事が大切だ。特に牧口が一身を投げうって唱えた題目が本物である。これを本門の題目と定める。
創価学会については【創価学会ページ】に詳説した。
鎌倉時代、信者は直接日蓮聖人にお目どおり、又は文書で信心指導を受けていた。聖人は松葉が谷では草庵、佐渡では隙間から雪の舞い込む一間四方の御堂に住い、身延では寺院に住んだ。宿命転換のための折伏で三障四魔が競い起こり身命に及ぶ大難に遭遇した。そんな苦境の中で、信心指導を展開していたのである。思うと涙が出る。
僧は生活手段としての職を持たず、身命をなげうって、ひたすら生命の悟達(成仏)を期す。信者は、僧の生活を助ける(金品の御供養をする)事によって、宿命転換•成仏の法を教えていただく。それが功徳である。
しかるに、現在の僧は、三障四魔の迫害を畏れて折伏をせず、妻帯•還俗して安穏をねがい、伽藍を荘厳して多くの檀家を獲得し、冠婚葬祭を生業として家族を養っている。信徒の貧苦•病苦等の悩みにも耳をかさない。信徒が何百万円もの御供養をしても、宿命転換•成仏の法の指導ができない。現在、日本の政治経済を牛耳っている邪宗邪義(第六天の魔王の眷属)の者共に、日蓮仏法を奉じるなら、大折伏をもって鉄槌を加えなければならないのに、言いなりになっている。当に法師の皮を着た畜生である。
私のよく知る保田妙本寺については、檀家に立正佼成会信仰の謗法(私の親戚)があってもそれを容認している。かつて本家の嫁さんが立正佼成会の幹部をしていた。わたしは昭和42年頃折伏に行った。その頃、学会男子部の班長をしていた。1日1万遍の唱題をしていたが、入信3年目の私の教学では折伏できなかった。保田妙本寺の僧は、檀家の不幸•不祥事(癌死•事故死)にも一切関わらない。檀家にどんな不幸があっても信心指導をしない。ただ死人がでると法事をおこなって数十万円の御経代をせしめるだけである。私が苦労して折伏し、入門希望者を連れて紹介登山をしても、「5回以上登山させなければ御本尊下付はしない」と修郷師(現日誠上人)は言った。それはないだろう。
昭和45年3月6日父が57歳で亡くなった。葬式に参列すると、菩提寺の浄土真宗勝善寺の僧が来ていた。私が「南無妙法蓮華経」と大声で唱えると、集っていた親戚一同がびっくりして騒然となった。それを折伏に行った事のある叔父さんが「敏夫は創価学会なので」と説明し納得させてくれた。その時である、僧が「ご長男さんは創価学会ですか」と言ったので「はい」と答えると「こんどお寺へ話に来て下さい」と言った。心中サプライズだったが、この僧は、高校教師をしていて英語辞書の本も出版していた学者であった。行くつもりだったが学会活動が多忙で永らく忘れていた。惜しい事をした。平成13年から保田妙本寺信仰になって、思い出して勝善寺へ行った。すると約束した僧はすでに亡くなっていた。井上という方が執事をしていた。この方は天羽高校の先生を兼業していた。年を隔てて三度問答に通った。親鸞念仏を破折した。三度目のとき井上氏が「妙本寺になっても檀家が説得できない」と言った。喜んで妙本寺に帰り修郷師(執事)に報告し折伏の同行をお願いした。すると「お寺の折伏は難しい」と言って行ってくれなかった。平成15年頃の事だったと記憶するが、それっきり忘れ去られた。
そし後、ベンツを乗り回す修郷師に「国産車で十分じゃないですか」といったら「ベンツは事故の時安全だから」と答えた。信仰が正しいなら事故は起きないのではありませんか?
平成20年の事、在席の二人の僧(65、75)と同様の無報酬での得度志願を願い出た。すると修郷師にあっさり断られた。ある時、「何のための信仰ですか」と質問した事があった。すると「生活のための信仰」と修郷師は答えた。
石垣島、静岡、茨城、東京、ほか各地から妙本寺へ集った信徒の中には、現役の創価学会の大幹部も数人もいた。妙本寺は謗法の施を受けている事になる。ある日私は、食後の話し合いで、創価学会の謗法理由を述べた。すると後日、修郷師からそれを咎めらた。「正木さんここへ(寺)来て創価学会の話はしないように」と釘を刺さされたのである。私の言論を封じるのは、妙本寺が創価学会員からの御供養を受取りたいからであろう。修郷師は、ふだんは創価学会を悪し様に批判していた。
檀家総代会の批判を退けて世襲制の貫主職を3代目に渡そうとしている日誠猊下、「一度他寺へ修行に出せば我が子でも世襲には当たらない」という己義をかまえて妙本寺を私物化しているのである。
保田妙本寺を訪れる信徒間に横行している信心利用の商売。「食物が腐らない、美味しくなる」と言う触込みでパイレックスに似たガラス製の皿を一個10万円で買わされた人。汚血を吸いとるという医療器具を35何円で買わされた人。富士パナジウム水を1ケース(2LX6本)を¥6800円で買わされた人。その他諸々である。保田妙本寺の信徒間には異体同心の団結はない。和合僧団というよりも、お金亡者たちの魔窟と化している。
私の体験では、東京の創価学会幹部(本部長)といっていた釜床氏が、富士パナジウム水で脳梗塞が治ったという触込みの学会員1名と一緒に登山して、病気などで悩んでいる者の弱みに付け込んで盛んに売りつけていた。私も痛風が治るという事で、富士パナジウム水を1ケース買わされた。創価学会恐るべし。美利善を価値とする創価学会の悪弊は、ここでも大いに発揮されていた。これは平成17〜19年頃の話である。
現代は、寺院仏教の時代ではないのである。改革しなければならない。
日蓮直宗の要諦は仏と二而不二の生命観の樹立である。本人妙の実践と直逹正観の信心だ。心に太陽を持つことである。月も星も電気も要らない。過去遠遠劫からの命の、法華誹謗の重罪を滅して、成仏を期す事こそ、信心の要である。
日蓮正宗や保田妙本寺その他では「僧侶は上、信徒は下」という差別を設けて師弟不二を破壊しているが、日蓮直宗の師弟不二とは『二にして不二』の相即の関係である。直信を以て直逹正観、等覚一転名字妙覚で成仏にいたる。位とすれば、覚を仏•迷うを凡夫としての二位しかない。而して其の二位も一仏の心中の覚迷であるから合して平等なのである。二にして不二という。
下種成仏の本迹(百六箇抄)
本因妙は本•自受用身は迹•成仏は難きに非ず此の経を持つこと難ければなり云々。
夫れ仏道に入る根本は信をもて本とす五十二位の中には十信を本とす十信の位には信心初めなりたといさとりなけれども信心あらん者は鈍根も正見の者なりたといさとりあるとも信心なき者は誹謗闡だいの者なり、(法華経題目抄)
三大秘法の御本尊を、鈍根でも疑わず信心ある者は仏となり•利根でも疑って信心なき者は誹謗闡だいの魔となる。およそ世間には仏と魔の生命しかない。
「この経の信心と申すは、少しも私なく経文の如くに人の言を用いず、法華一部に背く事無ければ仏に成り候ぞ。(新池御書)」
とあるように、人師の指導を受けず、法華一部の経文を先ず信じて背く事がなければ成仏するのである。
「此の十法界は一人の心より出で八万四千の法門と成るなり、一人を手本として一切衆生平等なること是くの如し、三世の諸仏の総勘文にして御判たしかに印たる正本の文書なり(三世諸仏総勘文教相廃立)」
一人の心からあらゆる法律が生まれ法門となる。これに準じて万人が平等なのである。これは過去・現在・未来の仏の総勘文である。
- 唱法華題目抄、立正安国論、守護国家論、災難対治抄、念仏者•追放せしむる宣旨•御教書•五篇に集列する勘文状、念仏無間地獄抄、当世念仏者無間地獄抄、題目弥陀名号勝劣事、法華浄土問答抄、法華真言勝劣事、真言七重勝劣事、真言天台勝劣事、真言諸宗違目、真言見聞、蓮盛抄、八宗違目抄、早勝問答、十一通書状、行敏訴状御会通、一昨日御書、強仁状御返事、開目抄、観心本尊抄、撰時抄、報恩抄、法華取要抄、四信五品抄、下山御消息、本尊問答抄、諸宗問答抄、一生成仏抄、主師親御書、一代聖教大意、一念三千理事、十如是事、一念三千法門、十法界事、爾前二乗菩薩不作仏事、十法界明因果抄、教機時国抄、顕謗法抄、持妙法華問答抄、木絵二像開眼之事、女人成仏抄、聖愚問答抄、如説修行抄、顕仏未来記、当体義抄、小乗大乗分別抄、立正観抄、顕立正意抄、上行菩薩結要付属口伝、法華初心成仏抄、三世諸仏総勘文教相廃立、諌暁八幡抄、二乗作仏事、小乗小仏要文、日月の事、和漢王代記、一代五時図、一代五時鶏図、釈迦一代五時継図、一代五時継図、三論宗御書、十宗判名の事、五行御書、浄土九品の事、御義口伝、御講聞書、竜泉寺申状、百六箇抄、本因妙抄、産湯相承事、善無畏三蔵抄、佐渡御勘気抄、義浄坊御書、清澄寺大衆中、聖密房御書、華果成就御書、別当御房御返事、寂日房御書、新尼御前御返事、種々御振舞御書、光日房御書、光日上人御返事、四恩抄、法華経題目抄、真間釈迦仏御供養逐状、寺泊御書、佐渡御書、法華行者逢難事、富木殿御返事、御衣並単衣御書、観心本尊得意抄、聖人知三世事、富木尼御前御返事、忘持経事、富木殿御返事、道場神守護事、常忍抄、始聞仏乗義、可延定業書、四菩薩造立抄、諸経と法華経と難易の事、富木入道殿御返事、治病大小権実違目、金吾殿御返事、転重軽受法門、太田殿許御書、太田殿女房御返事、太田入道殿御返事、乗明聖人御返事、太田殿女房御返事、太田佐衛門尉御返事、太田殿女房御返事、慈覚大師事、三大秘法稟承事、曽谷入道殿御書、曽谷入道殿御返事、曽谷入道等許御書、法蓮抄、曽谷殿御返事、曽谷入道殿御返事、曽谷殿御返事、曽谷二郎入道殿御返事、秋元殿御返事、秋元御書、兄弟抄、兵衛志殿御返事、兵衛志殿女房御書、兵衛志殿御書、兵衛志殿女房御返事、兵衛志殿御返事、孝子御書、両人御中御書、右衛門太夫殿御返事、大夫志殿御返事、八幡宮造営事、兵衛志殿御返事、四条金吾女房御書、月満御前御書、四条金吾殿御書、四条金吾殿御消息、同生同名御書、四条金吾殿御返事、経王御前御書、経王殿御返事、呵責謗法滅罪抄、主君耳入此法門免与同罪事、四条金吾殿女房御返事、四条金吾殿御返事、王舎城事、四条金吾殿御返事、瑞相御書、四条金吾殿御返事、四条金吾釈迦仏供養事、四条金吾殿御返事、頼基陳状、四条金吾殿御返事、隠徳陽報御書、中務佐衛門尉殿御返事、四条金吾殿御返事、日眼女造立釈迦仏供養事、聖人御難事、四条金吾殿御返事、月水御書、大学三郎殿御返事、星名五郎太郎殿御返事、大豆御書、寿量品得意抄、五人土籠御書、土籠御書、日妙聖人御書、乙御前御消息、乙御前母御書、辧殿御消息、辧殿尼御前御書、辧殿御消息、弥源太殿御返事、さじき女房御返事、善無畏抄、妙蜜上人御消息、道妙禅門御書、日女御前御返事、出家功徳御書、妙一尼御前御消息、妙一女御返事、日厳尼御前御返事、王日女殿御返事、御輿振御書、法門申さるべき様の事、十章抄、教行証御書、諸人御返事、小蒙古御書、さだしげ殿御返事、霖雨御書、玄性房御返事、智妙房御返事、十住び婆沙論尋出御書、武蔵殿御消息、破良観等御書、檀越某御返事、法衣書、慧日天照御書、釈迦御所領御書、大果報御書、除病御書、根露枝怙御書、南無御書、題目功徳御書、大悪大善御書、来臨曇華御書、常楽我浄御書、帰伏正法御書、現世無間御書、衣食御書、釈迦如来御書、破信堕悪御書、阿仏房御書、妙法曼荼羅供養事、阿仏房尼御前御返事、千日尼御前御返事、国府入道殿御返事、国府尼御前御返事、一谷入道御書、中興入道消息、是日尼御書、遠藤佐衛門尉御書、生死一大事血脈抄、草木成仏口決、最蓮房御返事、祈祷抄、諸法実相抄、十八円満抄、六郎恒長御消息、波木井三郎殿御返事、南部六郎殿御返事、地引御書、波木井殿御書、大井荘司入道御書、松野殿御消息、松野殿御返事、松野殿後家尼御前御返事、松野殿女房御返事、浄蔵浄眼御消息、刑部佐衛門女房御返事、つき麦御書、妙法尼御前御返事、妙法比丘尼御返事、内房女房御返事、治部房御返事、盂蘭盆御書、浄蓮房御書、新池殿御消息、新池御書、船守弥三郎許御書、同一塩味御書、推地四郎殿御書、弥三郎殿御返事、新田殿御書、実相寺御書、石本日仲聖人御返事、聖人等御返事、伯耆殿等御返事、高橋殿御返事、高橋入道殿御返事、異体同心事、六郎次郎殿御返事、減劫御書、高橋殿御返事、三三蔵祈雨事、蒙古使御書、西山殿御返事、宝軽法重事、妙心尼御前御返事、窪尼御前御返事、三沢抄、十字御書、南条兵衛七郎殿御書、薬王品得意抄、上野殿後家尼御返事、上野殿御返事、春の祝い御書、単衣抄、上野殿母尼御前御返事、神国王御書、上野殿御消息、南条殿御返事、九郎太郎殿御返事、本尊供養御書、上野殿御返事、南条殿御返事、庵室修復書、大白牛車書、上野殿御返事、南条殿女房御返事、種種物御消息、時光御返事、上野殿御返事、九郎太郎殿御返事、上野殿御返事、南条殿御返事、上野殿御書、上野殿母御前御返事、南条殿御返事、上野殿御返事、上野尼御前御返事、南条殿御返事、上野尼御前御返事、上野殿母御前御返事、大白牛車御消息、春初御消息、法華証明抄、むしろ三枚御書、芋一駄御書、閻浮提中御書、衆生身心御書、白米一俵御書、食物三徳御書、一定証伏御書、初穂御書、五大の許御書、一大事御書、身延相承書、池上相承書、富士一跡門徒存知の事、五人所破抄、日興遺誡置文、弟子檀那等列伝、年表。
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