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地球は一つの生命体である。大自然とは地球生命の事である。地球生命は、十界互具一念三千の法則で動いている。刻々とかわる地球生命の変化相が外から見ると自然に見えるのだ。だから、やさしい雨も、そよ風も、のどかな日和も、豪雨も、大風も、台風も皆、地球生命の心の変化相である。地球生命には十界がある。十界とは、地獄、餓鬼、畜生、修羅、人間、天、声聞、縁覚、菩薩、仏の十の境界である。それら境界は互具してつながっている。
地球は人間と同じように一念を三千世間に展開する生命である。一念には地獄界、餓鬼界、畜生界、修羅界、人界(平穏)、天界、声聞界、縁覚界、菩薩界、仏界などの十の境界がある。そして一界に十界を互具するので百界となる。一界は十如是に展開するので百界では千如是となる。千如是は三世間(五陰世間•衆生世間•国土世間)を具しているので三千世間となる。そして、人間の命と地球の命は感応しているので、人間の命が修羅となれば地球の命も修羅となる。人間が地球生命に反すれば地球生命も人間を殺す。東日本大震災は人災である。
仏法とは、生命の実相を説いたものだ。地球も人間も生命の実相は南無妙法蓮華経である。南無(ナム)とは命を奉ずる事である。何にかというと、頭(妙)•喉(法)•胸(蓮)•腹(華)•足(経)の五体の生命にである。それが、南無妙法蓮華経の簡単な意味である。過去、現在、未来の仏はすべてこの秘事を悟って仏となった。仏とは三世の生命の覚者である。
魔とは、生命を害するものである。よく悪魔とか、魔神とかいうが、それは、悪魔とか魔神がいるわけではない。魔とは生命を害する神のはたらきの事である。地球とか人間の生命を害するはたらきを魔神(魔になる神力)と呼ぶ。逆に、生命を助ける神のはたらきを善神(仏を助ける神力)と呼ぶ。魔神も善神も同じ神のはたらきである。二而不二(二つで一つ)なのである。ではなぜ、一つの神が二つの別神になるかといえば、それは、対談で詳しく述べる。
去今年は大疫此の国におこりて人の死ぬ事大風に木のたうれ大雪に草のおるるがごとし•一人も残るべしともみえず候いき、しかれども又今年の寒温時にしたがいて•五穀は田畑にみち草木は野山におひふさがりて堯舜の代のごとく成こうのはじめかと見えて候いしほどに•八月九月の大雨大風に日本一同に不熟ゆきてのこれる万民冬をすごしがたし、去ぬる寛喜•正嘉にもこえ来たらん三災にも•劣らざるか、自界叛逆して盗賊国に充満し他界きそいて合戦に心をついやす、民の心不孝にして父母を見る事他人のごとく•僧尼は邪見にして犬と猿との会えるがごとし、慈悲なければ天も此の国を守らず•邪見なれば三宝にも•すてられたり、又疫病もしばらくは•止みてみえしかども•鬼神かえり入るかのゆえに•北国も東国も西国も南国も一同に病み歎くよしきこえ候、(上野殿御返事)
末法の法華経こそ日本国救済の法
日蓮聖人は為政者北条時頼に法華経の行者日蓮を用いない謗法があれば【自界叛逆難】と【他国しんぴつ難】が起こると1260年立正安国論(第一回国家諫暁)をもって予言した。それに対して幕府は「伊豆流罪」の刑に処した。又、平の左衛門尉頼綱に書(一昨日御書)を送り第二回国家諫暁をして「竜口法難」の頸切りの座に遭うも諸天善神の加護で難を逃れて1271年「佐渡流罪」となった。幕府も要人も聖人の予言をせせら笑っていたが、予言どおりの同士討ちの戦が鎌倉•京都に起こり【自界叛逆難】、元(西戎大蒙古国)よりの牒状が来たら驚いて赦免状を出して聖人を鎌倉に呼んだ。聖人は1274年(文永11年)4月8日、平の左衛門尉頼綱に見参し第三回国家諫暁をする。その際、頼綱が「大蒙古国はいつ襲来するのか?」と聞いた。聖人は「今年中には必ず来る」と答えた。その予言は的中し、1274年10月に元軍は壱岐対馬の住人を虐殺し博多湾に襲来した【他国しんぴつ難】。日本史には10月20日元軍、筑前に上陸する。夜大風おこり元船沈没する(文永の役)とある。また、1281年(弘安4年)6月16日、2度目の蒙古襲来があった。弘安の役である。このときの東征軍は合計14万の大軍であった。日本史には7月1日大風雨により元•高麗の兵船、多数漂没する(弘安の役)とある。
一度ならず二度も侵略した元の大軍を全滅させた大風(雨)の事を後世の人は神風と呼んだ。
日蓮聖人は、三度諌めても法華経の行者の言を用いない北条幕府と民衆に対し、後世の日本国は必ず【他国しんぴつ難】に遭って滅亡すると予言した。
時は664年下って昭和20年、大東亜にはじまる太平洋戦争の敗戦で日本国は史上初めて滅亡した。予言が的中したのである。戦勝国アメリカの日本政治支配は長らく続いた。軍事的にも共産圏の防波堤として日本は利用されてきたのである。戦後66年たった今だに自由民主党(自民党)の政治家の中には米国依存の政治姿勢をくずさない者も多くいる始末だ。国民は長らく対米追従の自民党右翼政治に悩まされてきた。そんな自民党に安易に手を貸して与党と成ったのは【等距離完全中立】だったはずの公明党であった。国民にそっぽを向かれた公明党の立場はもう無い。現在政権与党と成っているのは民主党であるが、これはまた親北朝鮮•親韓国•親中国の左翼政党である。真実の日本中立政治は未だどこにも無い。日本国は、人種的にも、政治的にも、経済的にも、正しく自立すべきである。
今回のM9,0の未曾有の大地震と津波と原発事故による東日本大震災は、自民•民主の為政者が内道を説いた日蓮仏法を用いず、外道を説いた外典と、念仏•真言•禅宗•律宗などの謗法の思想によって、利権のために自然を破壊したので、法華守護の諸天善神が怒りをなして起こした災害である。地球生命の自然を破壊する悪人共に与えた仏罰である。
日本国は仏教なかんづく法華経有縁の国なのである。その国に外典の外道をとりこんだのは誰か。言わずもがな明治政府の要人である。廃仏毀釈して外道を入れた。その結果、生命を説いた仏教思想は廃れ、西欧並みの物理思想が主流となった。小学から大学まで仏教は微塵も教えない。だから大卒の者でもオーム真理教のような猿でも分かる邪宗邪経にころっと騙される。物理科学には博学でも仏教の生命思想には無智なのである。
日本を動かしている政治家、官僚、司法者、学者、財界の者共はほとんど皆物理頭脳の持ち主である。だから地震の原因や原発事故に関しても物理科学的な考察しかできない。地球生命の心がわからないのだ。地球生命と人間生命の関連性も解せないのだ。生命の不可思議法は物理化学者の思いもよらない甚遠な法なのである。
日蓮聖人の御書より
問うて云わく正嘉(1257年)の大地震、文永(1264年)の大彗星はいかなる事によって出来せるや
今の大地震•大長星は国王(民衆)•日蓮をにくみて亡国の法たる禅宗と念仏者と真言師をかたふど(方人)せらるれば天いからせ給いていださせ給うところの災難なり。(撰時抄)
去る正嘉元年(1257年)八月二十三日戊亥(21時)の刻の大地震、日蓮諸経を引いて之を勘えたるに念仏宗と禅宗とを御帰依有るが故に日本守護の諸天善神瞋にを作して起こす所の難なり、若し此れを退治無くんば他国の為に此の国を破らる可きの由.....中略(宿屋入道への御状)
折伏
折伏は対話して相手の間違った思想•宗教観を破折し屈伏させる事である。折伏は、思想•信教が自由であるかぎり、邪教の分裂増殖を防ぎ正してゆくために、およそ宗教と名のつくかぎり実践しなければならない。
しかるに邪宗教は保身のために折伏をしない。理事において正宗に劣ると知っているからだ。念仏•真言•禅•律•その他の邪宗教は【信教の自由】を隠れ蓑にして生き延びている。邪智謗法と悪人に満ちた末法の今時では邪宗折伏の実践が不可欠である。
摂受
摂受は相手の思想•宗教観が間違っていると知っても即座に対決せず、寛大な慈悲心から理路整然と穏やかに説得する。もしくは相手の邪を容認しつつも我が身の三因仏性の振舞によって相手を屈伏させる事である。
摂受のみで改宗させる事ができるのは善人のみである。邪智謗法、悪人に満ちた末法今時ではこの摂受で改心させる事は難しい。
折伏摂受は時によるべし。
いかなる大善をつくり、法華経を千万部読み書写し、一念三千の観道を得たる人なりとも、法華経の敵をだにも責めざれば得道成仏あり難し。(南条兵衛七郎殿御返事)
質問者
如説修行の行者というのは、どのように信ずることを言うのですか?
回答者
現在、日本国中の人々は一同に如説修行の人とは、諸乗一仏乗と開き会得すれば、何れの法も皆法華経であって勝劣深浅は無いと思っています。,念仏を唱えても、真言を持っても、禅を修行しても、総じて一切の諸経及び仏菩薩の御名を持って唱えても、皆法華経であると信じるのが如説修行の人と言っています。
その解釈は錯覚です。諸乗一仏乗の意味は、方便権教の諸乗はすべて法華経の一仏乗の中にある。だから「方便権教の諸乗を捨離し法華経の一教のみを信じなさい」という事です。
所詮、仏法を修行するという事は、人の言を用いてはならないのであって、只ひたすら仏の金言をまもるべきです。
仏教の本師•釈迦如来は、初成道の始めから法華経を説こうと思っていたが衆生の機根が未熟であったので、まず権教の方便(無実)の教えを四十余年間説いた後に真実の法華経を説いたのです。
そして、機根を調えてから、法華経の序分の無量義経になって権教方便と真実法華経を分けたのです。いわゆる「以方便力•四十余年•未顕真実」の経文です。
此の御本尊全く余所(よそ)に求めることなかれ。ただ我等衆生の法華経をた持ちて南無妙法蓮華経と唱える胸中の肉団におはしますなり。これを九識心王真如の都とは申すなり。(日女御前御返事)
釈迦仏の本義は円教(法華経)
生命を正しく説いたのは過去にはインドの釈尊、中国の天台、日本の伝教(最澄)である。末法今時では日本の日蓮聖人である。之を三国四師という。
すべての宗教の教祖が生命を説いている。とはいっても、生命の片端片端を説いているのである。偏頗な教えである。偏頗な教えを邪法という。法華経は円教である。生命の実相を順円一実に説いた無上の教えである。円教を正法という。地球生命•人間生命の実相は正法の法華経のみに明かされている。
念仏(浄土宗)の曇鸞(中国)•源空(法然•日本)•親鸞(日本)、真言宗の善無畏三蔵(インドー中国)、空海(弘法•東寺密教•日本)、禅の達磨(中国)、律宗の慧光(中国)、鑑真(中国ー日本)、良寛(日本)等等の人師たちは、釈迦仏の説法のうち30成道から72までの42年間に説いた教えを依経としている。釈迦は72の時、無量義経で「無量義は一法より生ず」として、80入滅までの8年間にわたって正法の法華経を説いた。「42年未見真実」として、法華経を説く前の42年の教え(爾前教)を方便権教(法華経に誘因する為の方便の教え)だから捨てよと教えている。この説教に背いて方便権教のウソの教えで立宗し、釈迦仏の本義である正法の義を踏みにじっているから、念仏、真言、禅、律等は邪教である。法華経の正義を隠し、ウソの教えで民衆を騙しているので破仏破国の因縁を説いているわけである。
また、仏教界の寺院は伽藍を荘厳し、冠婚葬祭業を本分として、僧侶は家族を養うことを生業としている。本来僧侶は妻帯せず、死身弘法(命がけで正法を弘める)の仏道修行によって成仏し、民衆を救うのが使命である。
日蓮聖人は立宗宣言以来、一人で邪悪な国家権力と戦った。小さな草庵に住み鎌倉幕府をはじめ、邪教に染まる日本国民を死身弘法をもって折伏したのである。
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日興遺誡置文








