ギャラリー of 日蓮仏法

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絵画というもの

 どんなに生命(外道は自然という)を模写しても生命そのものを描きつくすことはできない。一分の模写である。人はこのレプリカに価値があるように思っている。高額で売買もされる。時には、発想が逆転して、生命そのものよりも価値があるように錯覚してしまう。本当は、出来上がったレプリカ絵画よりも、生命そのものを模写する過程で、画家が得る生命認識に価値があるのである。だから私は、作品よりも生命そのものに関心があり、描く行為を評価する。多くの子供は、自ずと絵を描き始める。私の子供もそうであった。紙に鉛筆や絵の具で描くのなら良いのだが、ふすまや壁に描きまくったのでたいへん困ったものである。それは生命を認識しようとする尊い行為なのである。子供の絵は稚拙であるがおもしろい。それは、生命そのものをみつめて描き、うまく描こうとか、こう描かなければ、というような意識も制限もないからである。

レストラン•ド•ラ•コルドヌリ

ド.ラ.コルドヌリ.pngレストラン•ド•ラ•コルドヌリ 1985年
1985年5月、フランスへ絵画遊学へ向かう機内でドイツへ医学留学する邦人と同席し「シルブプレ」というフランス語を教わっただけで、マロニエ咲くチュイルリー公園に居た。この絵は最初に描いた小さなレストランの写生画である。

フランス風景

File0004.Bmpフランス風景 1986年
ローリストン通りの地下アトリエにて制作した作品。アムステルダムのゴッホ美術館で観たゴーギャンの初期の絵に影響されて描いた小品。(保田妙本寺へ寄贈)

スペイン風景

スペイン風景.pngスペイン風景 1988年
絵画遊学して間もなく、レストラン大阪屋で働いていた時、パリ警察に不法労働の罪で捕まった。専務は「3ヶ月以内に就労ビザを取る予定だったが(ここ2年くらい手入れはなかったのに)間が悪かった」と言った。そんなわけで、国外追放となりスペインからポルトガルへと1ヶ月旅行した。三岸節子の赤土の風景画は虚構と思っていたが、スペインで本当に真っ赤な山の土を見てびっくりした。

ギリシャの街角

スクリーンショット(2011-05-02 11.41.11).pngギリシャの街角 1986年
痛風が小康をえた1986年1月パリを発って帰国の途についた。途中ギリシャに滞在した。24枚の水彩のスケッチを描いた。その1枚である。何と言う駅だったか忘れたが、そこからアクロポリスの丘までゆく途中の街角だった気がする。アテネに古い家並みが残る。(橋本氏へ寄贈)

ハトのいる風景

IMG_0001.JPGハトのいる風景 1986年
アテネの滞在したホテルの窓からスケッチした水彩画である。1月の寒さで1時間もすると手がかじかんで描けなくなった。(保田妙本寺へ寄贈)

古い町並み

IMG_0008.JPG古い町並み 1986年
アテネには近代的な街並みがあるが、どこかの一角に古い町並みが残っている。寒いので早描きスケッチで色メモリーを残した。

ドミニカの友

ドミニカの友.gifドミニカの友 1988年
ドミニカ人の友人の肖像画である。

「月と少女」此木作品の模写 1975年

模写-月と少女.png「月と少女」此木画の模写 1975年
1975年、此木アトリエに弟子入りして最初に描いた模写である。原画は油絵であったが、この絵はアクリル絵具で描いた小品(0号)



日蓮直宗

 平成22年、カイロプラクターの仕事を引退し、ライフワークとして1人でこのウェブサイトを制作•運営しております。

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