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魔は不実に知見して正を破す
虚構の文化とは、たとえば「宮廷女官チャングムの誓い」である。このこの韓国のテレビドラマは史実を無視した99%虚構の物語である。史実を歪曲して李朝の韓国文化を見てくれよく繕ったプロパガンダである。作者が告白しているように面白おかしく脚色したウソの物語なのだ。勲旧派のオ・ギョモ、チェ・ソングム(チェ女官長)=クミョン派 と士林派のチョンホ、ハン・ペギョン(ハン尚宮)=チャングム派の壮絶な権力闘争ドラマであり、ハラハラドキドキさせる権力闘争が魅力となっている。
史実は『朝鮮王朝実録』に「大長今という称号を得て重用され王の主治医となった医女がいた」事が記されているだけである。筑波大教授古田博司氏によると、朝鮮の李朝では女子が宮中に出仕すると王様と疑似婚姻関係に入るので一生外に出られない」ので、「チャングム女史のように出たり入ったりはできない」し、「ドラマでは李朝時代は色彩にあふれているが、ほんとうは顔料がないので民間に色はない」という。わたしも5、6年前非常に関心を持ってNHKで放映したこのドラマを見ていた。そして「もしかして日本文化はすべて韓国から伝わってのではないか」という感想を持った。「韓国人も韓国もすばらしい」と洗脳されていた。いま思うと恐ろしい話である。ウソで真実が隠されると、たとえ「たかがドラマ」とはいえ、その悪影響は絶大なのだ。これは日本における利益優先の虚構アニメ文化にも言える。虚構は現実を隠し邪義を美化し偽善化する。ウソの文化はもうたくさんである。
如来は如実に知見し、しゃくみょうあることなし。
仏は実のごとく見知って誤りがない。一面の真実を総合すると正となる。一面の真実を見ることはたやすいが、総合して正しく知見すくことは難い。仏教文化でも、釈迦仏50年の説教を総合して正しく説いたのは日蓮仏一人である。他の人師たちは、一面の真実を依経として立宗し、釈迦仏法の総体を解体した。曇鸞•法然等は、一面の真実の念仏が正しいとの己義を構え、釈迦仏法の意を殺した。善無畏三蔵(ぜんむいさんぞう)•弘法(こうぼう)等の教祖たちは、一面の真実の真言が正しいとの己義を構え、釈迦仏法を隠没させた。達磨(ダルマ)•栄西•道元等は、一面の真理である禅が正しいとの己義を構え、釈迦仏法を破壊した。法聰•鑑真(がんじん)•覚盛(かくじょう)•叡尊(えいそん)等は、一面の真理である律が正しいとの己義を構え、釈迦仏法の律を捨離した。覚盛•叡尊等は自誓受戒を作みし天皇(王政)に戒を授けた。そのような釈迦仏が一面の真理として説いた大乗経を持って、仏法の全体(正法)とすることが邪法邪義の所以である。釈迦仏法も日蓮仏法も、(生命の)一面の真理ではなく全体(正法)である。
俳句は古い文芸と思っている。しかし、パリのGare du Nord駅から電車にのりアムステルダムのゴッホ美術館へ行ったときのこと、車中で知り合った30代のオランダ女性が、俳句文芸に通じていたのでびっくりした。蕪村や芭蕉の句もよく知っていた。話が弾んで「寄って行かない主人を紹介する」と言われたが辞退した。婦人はロッテルダムで降りた。
好きな句
古池や蛙飛びこむ水の音 芭蕉
- 子供の頃、よく山や野原へ遊びに行った。人里離れ草の生い茂った古池を通りかかると驚いた蛙が水しぶきをあげて水面へポッちゃんと飛び込んだものである。そんな光景は今は夢の中である。
夏川をこすうれしさよ手にぞうり 蕪村
- 体験がある。ふるさとの小川には板の橋が架かっていた。橋まで歩くのがめんどうなので、ぞうりをぬぎ素足で夏の川をわたった。その気持ちよさが忘れられない。
やれ打つな蠅が手をする足をする 一茶
- 蠅も前世は人間だったか。蠅を殺した因果で人間が蠅に生まれているのか。ここで蠅を殺して輪廻の過ちを繰り返してはならない。ご覧なさい、手をすり足をすって命乞いをしているではないか。
初雪や二の字二の字の下駄の跡 捨女
- 真っ白な雪は黒い土の汚れを消す。あたかも自然の浄化作用のように見える。しかし、人が歩くと二の字二の字となって延々と続く。捨女6歳の時の作という。子供の直感は見事に自然と人間のかかわりを写した。
朝顔につるべ取られてもらい水 千代女
- 井戸で水を汲もうとしたら、朝顔のつるが汲み桶に巻き付いていた。つるを切って水を汲んだら朝顔が死んでしまう。可哀相なので、隣家まで水を貰いに行った。植物の生命も同じように大切にする千代女の命の、何と厳かでやさしいことか。
雀の子そこのけそこのけお馬が通る 一茶
- 江戸時代の交通機関は馬、武士は「そこのけそこのけ」といって疾駆する。庶民は、横暴にも逆らわずわきへ逃げる。見れば、雀の子が無心に遊んでいる。一茶は危ないからそこを退きなさいと注意する。そのやさしさが、たまらない。
私の句
南国の街の灯揺れて初時雨 敏夫
- 小藤田町長さんが俳句が好きで、第一回鋸南町役場「かもめ俳句会」が開催された時、一席になった句。選者は伊丹丈蘭先生。はじめ「房総の」としたが、どうも状景描写なので、房総を土佐と同じ南国にしてしまった。蘭先生はそれで良しとしてくれた。尚、蘭先生は「時雨きぬ」と添削してくれたが、どうも「初時雨」の方が体感がある。また、靖子先生には「南国には時雨は来ない」と鋭い評も戴いた。たしかになア。虚構はダメだ。因果の理法が無になる。
元日や机辺の塵の常のごと 丈蘭
- 丈蘭先生からいただいた色紙の句。新年になっても机の上の塵はいつものまま。ありのままをこよなく愛す丈蘭先生らしいと妙に関心していた当時がなつかしい。
春空へ放つ心の伝書鳩 敏夫
- いつだったかインターネット俳句会へ出した句。憧れていた人を残して上京してしまった。この想いを伝えてよと今、心の伝書鳩を春空へ放とう。
地震来てもベッドの中に揺られおり 敏夫
- 3月11日の東日本大震災以後しばらくは地震が続いた。なれもあったが腹がすわって地震が恐くなくなった。それに、日蓮仏法で地球の真意に同意してもいた。
一貫二貫三貫四貫初鰹 敏夫
- この句は、玄米菜食を徹底する前の、思い出の句である。いまでは、寿司屋に行っても、海苔巻きの野菜寿司しか食べない。以前は魚介類寿司が大好きだった。昔は初鰹寿司があった。
がまがえるにらめっこして不動なり 敏夫
- わが小菜園の草を摘んでいたら、がまがえるがのそりと出てきた。にらめっこしてたら負けた。がまがえるは我慢強い。
蝉の声大樹ゆるがしひびくなり 敏夫
- 近くにおとめ山公園がある。徳川家の狩猟地であったここは今でも鬱蒼とした樹林で夏になると蝉の声がかまびすしい。
旅行けど越すに越されぬ雲の峰 敏夫
- 東洋から西洋へ絵画遊学の旅は続いた。越されぬ雲の峰のように目標はどんどん遠退く。
名月を置たるパリの石の街 敏夫
- ヨーロッパで俳句をつくろうと思ってもなかなかできない。春夏秋冬の風情がないのである。二年間でただ一句できたのがこの句である。
秋の夜の電話は母のひとりごと 敏夫
- 用事はなかったがご機嫌伺いに母に電話した。95歳になる母の独り話を聞くことになった。
凍てついた声の鴉や寝坊せり 敏夫
- 秋には活発に会話し目覚まし代りになっていたカラスの鳴き声も冬になると凍てついたように小さくなってしまった。おかげで寝坊した。
愛猫はそっと布団に入り来る 敏夫
- その昔、猫を飼っていた時の思い出の句である。冬になると肩の隙間からそーっと鼻で布団を押し上げて暖まっている中へ入ってくる。その感覚が忘れられない。
子猫抱くその温もりは腕の中 敏夫
- 生まれた子猫を抱き上げた。しばらくして子猫を親猫へ戻しても腕の中には温もりが残っていた。
エアコンをシャットアウトし厚着する 敏夫
- 東京電力の不誠実さ、強欲さを見るにつけ、儲けさせたくないという意識が働く。そこで節電に節電を重ねてエアコンをつけずに重ね着をして寒さを凌いでいる。
この地球一つなりけり皆のもの 敏夫
- 地球というこの星はお金持ちのものではない。けれど悲しいかな資本主義者(ユダヤ主導のIMF、世界銀行、米国財務省)の物になりつつある。本当は人類の、いや生きている全生命に平等なものなのである。
夢さめて夢は不満の捨てどころ 敏夫
理に立てば正に未来は言い当たる 敏夫
悪道は自分一人のものならず地球まきこみ地獄に落とす 敏夫
- タバコを吸うと自分だけ肺がんになりやすいのではない副流煙でみんなを巻き添えにする。私利私欲で原発を止めなければやがて地球上の全人類を奈落の底へと突き落とすであろう。
福島に原子雲立つ魔の力防ぐは民の心一つに 敏夫
- 今年3月、福島第一原子力発電所で原子炉を囲む建家が吹っ飛び原子雲が立ちのぼった。それ以後、終息の無いまま放射線の魔力が日本はおろか世界を恐怖におとしめている。今後、何百年にもわたって悪魔を封じ込める方策が取られなければならない。原子炉廃絶は一丸となった民意の高揚にかかっている。
東電の真言嘘の上塗りで民の念仏たばかり治む 敏夫
- 東京電力は一面の物理的真理を小出しに発表して、なるべく事故を小さく見せようとして、正理を隠し続けている。おとなしい東北の民の念仏心に依存して民衆をたばかり、この期に及んでも原発を止めようとはしない。
世迷いの言葉のこして君去るかそれとも真の正義残すや 敏夫
我心より信ずるものはあらずして我心仏にする御本尊 敏夫
君去りて我行かんとす永久の何辺にありやこの娑婆世界 敏夫
山部赤人
長歌 天地(あめつち)の 分かれし時ゆ 神さびて 高く貴き
駿河なる 富士の高嶺を 天の原 振り放(さ)け見れば
渡る日の 影も隠(かく)ろひ 照る月の 光も見えず
白雲も い行きはばかり 時じくそ 雪は降りける
語り継ぎ 言ひ継ぎゆかむ 不盡の高嶺は
反歌 田子の浦ゆ打ち出て見れば真白にぞ不盡の高嶺に雪は降りける
都人の赤人が東国へやってきて日本の名山である噴煙けむる富士の高嶺を目の当たりにし感動して詠んだものでる。万葉集のなかでもきわだって優れている。反歌にある田子の浦は駿河湾の田子浦という説もあるが、わたしは千葉県鋸南町の田子の台だったと思う。なぜなら、駿河湾では富士を背に負うこととなり「打ち出て」にはならない。しかし、鋸南町の田子の台(城西大学鋸南セミナーハウスのある台地)なら「打ち出て」た真正面に富士の高嶺が厳かに見える。その昔、鋸南町は海に没して湾になっていた。証拠には鋸南町のわたしの実家の井戸の底からは貝殻が沢山見つかった。後に富士山の噴火で海が埋まったものらしい。赤人の時代は、まだそこは田子の浦だったのだろうと思う。
夏目漱石「草枕」
山道を登りながらこう考えた智に働けば角が立つ。情に棹(さお)させば流される。 意地を通せば窮屈(きゅうくつ)だ。とかくに人の世は住みにくい。住みにくさが高じると、安い所へ引き越したくなる。 どこへ越しても住みにくいと悟った時、詩が生れて、画(え)が出来る。
人の世を作ったものは神でもなければ鬼でもない。やはり向う三軒両隣りにちらちらするただの人である。ただの人が作った人の世が住みにくいからとて、越す国はあるまい。あれば人でなしの国へ行くばかりだ。人でなしの国は人の世よりもなお住みにくかろう。
高校時代、漱石と竜之介が好きだった。よく読んでいたものである。この一節は脳裏に焼き付いて離れない。理屈だけで説得しようとすると角が立って人間関係が丸く治まらない。感情に負けて理屈を引っ込めれば相手に流されてしまう。意地を張れば窮屈になる。どうにも凡智では世間が治まりにくい。かといって何処にも逃避行できない。と悟ったとき詩が生まれ画ができると漱石翁はいう。しかしである。仏智を湧現できたら世間が丸く治まるのだ。
「鉄くず戦艦大和」敏夫
それはいつの事だったろう。とおいとおい昔の事のようでもある。ちかいちかい最近の事のようでもある。時の移り変わりは早い。幼少の頃、となりの武夫と遊んでいた。武夫が、家から小刀を持ち出し、竹とんぼをこしらえて飛ばした。いつからか、小刀が無くなった。戦争で鉄が没収されたためである。古ヤカン、鎧兜、槍、刀、梵鐘、古鎌など、お国の非常時として供出させられた。全国から集められた鉄くずは、焼き直されて、戦艦ヤマトに変身した。
史上最大をほこる戦艦大和は、無謀な軍部の悲願を込められ、南洋へと旅立った。レイテ沖海戦を戦い、半年後、坊ノ岬沖海戦でアメリカ海軍の魚雷や空軍の集中攻撃を受けて沈没した。思えば、7万トンの鉄くずで、集中攻撃を受けやすい、巨大戦艦一隻をつくるより、駆逐艦、空母、零式艦上戦闘機などを多数つくった方が、よかったかも知れない。神州不滅と伊勢神宮に祈りをなして、神風の再来を信じたが、諸天善神は働かなかった。神風特攻隊も無に帰した。
いや、こう書いても戦争賛美者ではない。まして、当時の、植民地主義に踊らされた東条首相の支持者ではない。日本は、台湾、朝鮮、満州と、世界を脅かすほど、領土を拡大しつつあった。外道政治の最たるものであった。しかし、敗戦はすでに、その昔、日蓮に予言されていた。法華誹謗故に、他国に攻められて、日本は必ず滅ぶと。その、他国しんぴつ難が的中した戦争であった。
神風が吹いたのは、害獣蒙古が攻めてきた時である。大軍が博多湾に攻めより、日本国の危機であった。鎌倉幕府より、国の滅ぶのを悲しんだ日蓮が、法華経の祈りを成したとき、諸天善神が働いて、一夜の大風となって、敵の十万の海軍を、海の藻くずと化した。
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